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やっぱり景初2年だったんだ!

昭和60年代になって、
高校を卒業して、10数年たっていたと思います。

古本屋で一冊の本と出会いました。
「邪馬台国はなかった」です。
でも、それまで読んだ邪馬台国に関する本は、
どれもいい加減なことばかり書いていた上に、
この本のタイトルが余りに突拍子もないので、
胡散臭いと思ってしまい(古田武彦先生、ごめんなさい)
その時は、買いませんでした。
でも、なぜか気になっていました。

その後まもなく、ある友人が、
邪馬台国は実は、こうこうで、
古田武彦という人の本があると教えてくれました。
それが何とあの「邪馬台国はなかった」でした。

すぐに、古本ではなく新品の「邪馬台国はなかった」を買いました。
そこに書かれていた内容は、まさに「目から鱗」でした。

卑弥呼の最初の朝貢は、景初3年ではなく2年だと明確に書かれていました。
高校1年以来の大きな疑問に、初めて納得できる答えを見つけたのです。
(景初2年は、西暦では238年にあたり、
このブログでの私のニックネーム「卑弥呼238」の由来でもあります。)

それまで読んでいた他の人のどの本でも、
景初2年は、公孫氏が反乱を起こしていて、
そんな時に行けたはずがない。と言うのですが、
古田氏は、そんな困難を乗り越えて、やって来たからこそ、
魏の皇帝が大喜びしたのだと。
他にもいろいろな根拠があるのですが、詳しくは後日書くことにします。

倭の五王についても、私の疑問に真正面から答えを示してもらえました。
それどころか、もっと驚くことが書かれていたのですが、
いずれ改めて、触れることになると思います。
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テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

Tag:邪馬台国  Trackback:0 comment:3 

最初の疑問

私は中学まで、歴史大好き少年でした。
高校1年の時、日本史の資料集に魏志倭人伝があるのを見て、
ワクワクしながら読み始めました。
たくさんの注釈が付いています。
対海国は、対馬国のこと。…フンフン(素直に)
一大国は、一支国で壱岐のこと。…フンフン(これも素直に)
邪馬壹(一)国は、邪馬臺(台)国の間違い。…似ている字だし、そんなこともあるか。
ところが、
卑弥呼が最初に使者を派遣したのは、景初2年(西暦238年)とあるが景初3年の間違い。
と書かれていることだけは、全く納得がいきません。
単なる表現の違いなら時代とともに変わっていくことは理解できます。
でも、魏志倭人伝こそが邪馬台国を今に伝える重要史料のはずなのに、
歴史的事実を2年でなく3年だと明確に言うのなら、
魏志倭人伝(なんか)より、そっちの史料を出せよ!

その後出てきた、「倭の五王」も
讃珍済興武は、名前の一字を採ったもの、中にはそれを更に違う文字を当てたとか…
「成吉思汗」は勿論、匈奴の王「冒頓単于」だって
中国の文献は、できるだけ音を真似て表現しているのに。
金印を貰った頃から行き来のある倭国の王の名を
そんな省略して書くのだろうか?
応神天皇から雄略天皇までのいずれかに当たると言われているのに、
どの組み合わせでも、親子兄弟の関係が合わない。
なのに、大まじめに教えるのが「歴史」なのか?

これらのことで、大好きだった歴史が(少なくとも、学校で教える「日本史」が)
大嫌いになってしまいました。
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プロフィール

卑弥呼238

Author:卑弥呼238
卑弥呼238のブログへようこそ!
238は、何の数字でしょう?
この数字へのこだわりは、おいおいブログに書くつもりですが、タイトル「常識の嘘、非常識の本当」に当てはめると、239は常識だけど嘘、238が非常識の本当というところです。

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